週末、父に会いに行ってきた。
二週間前に行った時は
顔色がよくて安心したばかりだったのに
今回はあまりよくない。
また食事もあまり摂れないようだった。
でも饒舌で、
あれこれとひとしきり喋った。
毎回、父の様子の中に、
どこか安心できるところを見つけたくて
血色とか、手の動きとか、立ち居振る舞いなどを
じっと見てしまう。
でもそこに、調子のよさが何も見つからないと
深く地に落ちていくような、
足元がゆらぐような気持ちになる。
書棚に今も飾ってある犬の写真。
ランという名前の犬。
同級生の家で生まれて、家に来た。
捨て犬ばかり拾ってきては
巣立っていくのを見送っていたわたし達家族が飼った、
最初で最後の犬。
亡くなってからこの夏で12年になるけれど
未だに父は犬に語りかける。
写真に記された言葉を眺める。
「生きる喜びをありがとう。」
まさしく、父の生きる糧だった。
そして、父の犬に対する情愛は
今のわたしに受け継がれている。
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