雨、ときどき快晴。

気の向くまま、風の向くまま、生息中。ただひたすら怠惰に眠るのが、目下の夢。
気の向くまま、風の向くまま、生息中。

ただひたすら怠惰に眠るのが、目下の夢。
父の病状 〜その3 お花をもって。

父の病状 〜その3 お花をもって。

日をまたいでしまってすみません。
何せ楽しい話じゃないので
書いているうちにしんどくなってしまった…

でも父のことを心配もしてもらっていたし、
限られた友人たちもこれを見ているし、
直接話すのはたぶんできないので
(話せば泣いてしまいそうなのでそれが嫌だ)
書いて知ってもらいたい。

父の現状とともに、
末期のこういう選択もあるのだということも。

積極的に治療をする人がほとんどだと思うけれど
治療をしない選択をした父とわたし達家族が
どんなふうな最期を迎えていくか、
これから家族を看取る人たちの一考になればと
思います。


さて、もう余命いくばくもないと知らされたわたし達。
「もし夜中に亡くなっても、連絡はしますが、
急いで駆けつけなくて大丈夫ですからね、
落ち着いて、朝になってから来てもらえばいいので」と
そこまで説明されていた。

そこからはもう悔いのないように
父が好きなもの、食べたいものを持って行き、
少し話ができる時には穏やかな話をして
話ができない時にはただそばにいて見守り、

もう歩けないし必要のないのかもしれないけど
延びた足の爪が悲しくて
足の爪を切ったり、ひげを剃ったりして。

わたしは一人、心の中で
今こそ仕事を辞めて自宅で看取るべきでは?
最期ならば、もっと一緒にいるべきでは?
という思いが拭えず、
何度も何度も今の自分の状況や父の状態について
繰り返し考えて、社会福祉士さんにも話を聞いて。

ただ、痛み止めの麻薬のコントロールが
しかるべき医師のもとじゃないと行えないことと
病院からの移動に耐える体力さえないかもしれないとの
ことで、自宅は厳しいだろうと。
在宅で往診してくれる医師を調べてみたけれど
通える距離に麻薬を扱える医師もいなかった。

そんな気忙しい毎日でも
一度泣いたことで、不思議と覚悟がついた。
もうあとは父ができるだけ苦しまないように
やっていこう、という決心もできた。

どうか神様がいるのなら、
穏やかにその時を迎えさせてほしいと
願うばかりでした。


そこから一ヶ月が経って。

父の兄弟にも、然るべき時に備えて準備するようにね、
と言われ、
今日明日にでもその時が、と言われていた父は、
なんとふたたび回復しつつあります。

点滴なども外し、なんの治療もしないまま。

どうやら気まぐれな神様は
今回は父を連れて行くことをやめたようです。


少しずつ食事が摂れるようになり、
目の焦点もしっかりして
会話もできるようになりました。

「チョコレートが食べたい」などと
言うようにもなりました。

先週は、いつ以来か、
支えながらほんの少し歩けました。

「今はひげ剃りはしたくない」と
文句を言うようにもなりました。

車椅子での散歩もできるようになり、
外の風を「気持ちいい」と喜ぶようになりました。

生命力というのは本当に不思議です。
内臓の数値やデータだけ見ればもうとても無理なはずなのに
先生でも説明のつかない、
こんなこともあるんですね。

昨日など、兄から電話が来て
車椅子で外を散歩し、喫煙所まで行って
久しぶりにタバコを吸ったよ、と(!!)

父が、うれしさからなのか、
看護師さんに正直にしゃべってしまって
兄も父も怒られたらしい。

「そんなことしてむせて死んじゃったらどうするのっ」
とわたしが兄に言うと
「ま、それはそうでいいんじゃないの。
本人がやりたいことやってさ」と。

・・つい苦笑いしてしまった。そうかもね。

いつまた急変するかわからないし、
おまけのようなこの日々が
いつまで続くか誰にもわからないけど
一喜一憂しながら過ごしていくんだろうな。


一度死の淵をさまよったことで
よかったこともある。
父のことを突き放していた兄が
毎週のように病院を訪れるようになったこと。
父の車椅子を押すなんて、
以前はとても考えられなかった。

回復傾向にあるので
ふたたび次の病院を探すことになったため、
(通常の病院は、一度の入院期間が
3か月までしかいられない)
またあちこち駆け回っているけど
前向きにやっていこうと思っています。

以上、命の灯が消える寸前で
ふたたび意識を取り戻した父の病状でした。

漬物が食べたいと昨日リクエストがあったので
おいしい漬物を探して持って行きます。
父が好きそうなものを一生懸命に探しても
「これ、あんまりうまくないな」って
きっとまた文句を言うんだろうけど。


*写真は、庭のたんぽぽを摘むこつぶ。
 いつもはわたしにくれるけれど
 「イタイイタイのママのじいじに
 持っていってあげるの」と言って花を見せる。

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2014.05.23 15:56 *ちゃめさん

ちゃめさん、お気遣いありがとうございます。

漬物は、スーパーのじゃ文句を言いそうなので
駅ビルの専門店で買っていくことにします。
この手間が報われるかどうかはわかりませんが(笑)
食べたい、と思うだけでも良いことですね。

穏やかに、ゆっくり・・・
わたしもいつもそうつぶやいています。

2014.05.23 15:56 *任&ぴぃのおかあちゃんさん

任&ぴぃのおかあちゃんさん、ありがとうございます。

そんなふうな言葉をかけてもらったんですね。
本当に、その人となり、その子なりの、
その子だけの、最期があるんですね。

子どもの頃から、父の話を聴くのが好きで
何度も同じ話を聴いていました。
今ではあまり話すことができなくなってしまったので
叔父たちから、父の昔の話を聴けてとてもうれしかったです。
でも、まだまだ聴きたいことがあります。
その時間はあるだろうか。いつも考えます。

今になって、ハニョと父の寄り添った写真も
大きな慰めになっています。
会わせてあげられたらどんなにいいかなぁ。

2014.05.23 15:47 *mocciiさん

mocciiさん、コメントをありがとう。
思い出させてしまったね。

mocciiさんのお父さんの最期は
本当に幸せだったんだなーと思う。
悲しいお話のはずが、聞くたびになんだかほっとするよ。
もちろん亡くなること自体の悲しさは
言いようがないけれど
それでも、家族みんなであたたかく見送れることは
あたり前のことではないよね。

うちの父は、どんなふうになるかなぁ。
末期の末期と言われたから、
これまでとは違う覚悟ができたよ。
限りある時間の中で、
できるだけ生きている感覚を味わってほしいし、
笑ってほしいし、そして少しでも愉快であってほしい。

そう願いつつ・・・身体を酷使しているよ(笑)
また気晴らしにもなるので、遊ぼうね〜〜。

2014.05.23 15:35 *フクさん

フクさん、はじめまして。
コメントをいただきましてありがとうございました。

その仔らしい最期、を拝読して想像し、
泣きそうになってしまいました。
その間際にも、その人らしさが残ると思うと
すこしだけ気持ちが楽になります。

ユーモアがあって、でもシニカルで偏屈な父なので
どんな最期になるのか。
こうして落ち着いて考えられる今は
幸運なのかもしれません。

もう何も望んでいないと言っていた父が
あれが食べたいとか、外の風にあたりたいとか、
そんなことを言うだけでも、変化です。
ちょっとした満足をたくさん味わってほしいと思います。

2014.05.23 15:34 *りるさん

りるさん、ありがとうございます。
当然頑張るしかない日々なんですが
もうあきらめかけていたところに
また静かな灯を見て、心が少し安らぎました。
身体は忙しないですが(゚-゚;)

息子さんにそう思わせたくない、というお気持ち、
よくわかります。
いつか自分も見送られる立場になるんですよね。
そのことを思うと、きちんと考えておかなければと
より思います。
そしてお互い、子供のために元気でいなくちゃいけないですね。

2014.05.22 12:48
ちゃめ
美味しそうなお漬物みつかりましたか?
やりたい事、食べたい物があるって、とっても大切なことなのですね。

やえさんのお父さんが日々穏やかに過ごせますようにとお祈りいたします。

2014.05.22 09:06
任&ぴぃのおかあちゃん
「命ってわからないものですね」
わたしが一昨年かけてもらった言葉です。
本当にそう思います。

お父さんをとりまく人との関係もふっと笑みがこぼれるような様子が伺えて良かったなと思いました。
やえさん自身もあまり気をはらずにお父さんに寄り添って穏やかな日が1日でも長くと・・・思っています。
モフモフできたらいいですね!

2014.05.21 15:35
mocciii
昨年を思い出して涙してしまったよ。
麻薬でもう目を覚ますことがないかもしれない、これで最後だと、
みんな代わる代わる涙ながらのお別れをして、
その後、父はゆっくり目を閉じたんだよね。

と、思ったら数時間後また目を開けて。笑

ナース陣も「生き返った!」なんて騒いでたし
お別れを涙ながらにした私達の恥かしさったら。

最後まで笑いがある最期だったな。

やえ父の生命力、すんばらしい(笑)
なんでもすんなりとはいかせないのはお父様らしいね。
この寄り道は大歓迎だよね。

2014.05.21 15:14
フク
はじめまして
いつも読み逃げしています。

お父様が「おまけの日々」を穏やかに過ごせることを祈っています。

以前、イヌとネコを飼っていました。
その仔たちの最期は今思い出しても、二匹ともその仔らしい最期でした。
そして父も父らしい最期でした。

その命の灯火が消える時の立ち会いを望まず朝起きたら亡くなっていた仔。灯火が消えるその時までしっかり寄り添って欲しかった寂しがりやの仔。最期の最期まで絆と笑いを望み、母の妹の望みまで叶えっていた逝った父。

最期はその人らしく・・・ただそれだけを望みます。

2014.05.21 12:36
りる
きっと神様がお父様とやえさんの頑張りに、ボーナスを出してくれたのかも。
もう少し、思い出の上乗せができそうですね。
どんな人にも公平にお迎えは来ます。ただ、本人も家族もお互い、
あーこれで満足!って、最期は(心で)笑顔でいたいですね。
私は父も先住犬も、突然のことで消化不良を引きずっていますが、
自分の息子がそうならないようにしたいなと願っています。
では、やえさんもお身体大切に。

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