近ごろ、こつぶが朝から
安定のぐずりっぷり。
ちょっと夫が近寄っただけで
「ママがいい!ママぁ〜〜!」と泣き叫び、
朝の園でも泣いているそう。
帰りは帰りで、迎えに行けば今度は
「帰らない!やだ」とひっくり返ってぐずり、
園を出るまでに時間も労力も消費して、ぐだぐだに・・・。
以前のぐずり方とはまた違っていて
その時ごとに、
いろいろ変わるんだろうな。
それで、つい数日前、
園のふとんカバーを替えていたら
お迎え時に時折顔を合わせて話す、
娘が仲良しの同じクラスの子のママに
「今週はしーちゃんどう?大変そうだね」
と話しかけられた。
やっぱり見られてたのか〜と
「先週よりはいいけど、まだぐずってるよー」と
ちょっとはずかしく思いながら答えると、
「すごいよね」 と、そのママが話し始めた。
娘のぐずり方がものすごいね、
ということかと思ったら・・・。
「絶対怒ったりしないよね。イライラしないの?
キツイ言い方もしないで笑っておさめて、
いつもすごいなぁって見ちゃうよ。
夫も同じこと言ってて、家で話してたの」 と。
わたしの話か、と驚いて
思わず少しうろたえてしまった。
確かにふだんから、感情に任せて叱ることも
怒鳴って制止させたこともない。
本当に叱るべきことをきちんと伝えるのと
自分が単に腹を立てて怒るのとでは別の話なので
それを混同しないように
精いっぱい自分に厳しく律してはいるけれど。
それでも、無為に叱らずに済むのは
娘の性質によるところが大きいと思っていて
実際、「聞き分けが良いね」「優しいね」
と娘のことを褒めてもらうだけでうれしかったのに
自分も褒めてもらえるとは・・・。
「しーちゃんがあんなに穏やかなのは
あのお母さんだからなんだよね、って
よく旦那と家で話してるんだよ〜」
と言われて、
ちょっとじーんとくるものがあった。
聖人じゃないから、へろへろで凹むときもあれば、
なんとか顔で笑って、心で泣いてってことは
よくあるけどね。
でも、そう言ってもらえてうれしかった!
よし、今日も娘がどんなにぐずろうとも
涼しい表情で、笑ってがんばろう。
写真は、
「しーちゃん、それシュークリームって
言うんだってね?
落としても大丈夫だからね?」
のひとコマ。
・・・・落ちませんからね!
今日も、娘の寝かしつけ前に
ちょっとしーちゃんを
寝かせてくるから
すこしまっててね。
そう言って、毛布をぐるっと一周。
そのあとは、
いつの間にかこつぶがわたしを真似て
ハニョ&シャビをそれぞれ抱きしめてから
「もうすぐパパもかえってくるからねー」
と歌うように言う。
今年もまた、3.11がやってきた。
数日前から、胸が苦しい思い。
震災にまつわる特番などを
いくつか録画予約して家を出たけれど
わたし達は震災のことを
忘れてはいないだろうか、と
ラッシュにゆられながら考えた。
昨日、娘とふたりで耳鼻科の後に外食したら
娘が、園での避難訓練のことを話し出したので
「もしママがいない時に何かあったら
先生の話を聞いて、待っていてね」
「ママは必ず迎えに行くから」
と、話して聞かせたら
「みんなこっちに来てくださいーって
言ったほうへ、ちゃんと行くね」と
神妙な顔で聞いていた。
今でもあの日のことは細かなことまで
よく覚えているし、
あの頃にもらった親切な気持ちも忘れていない。
遠方に住む知人が物資が少ないのを心配して
水などを送る、と言ってくれたことや、
ハニョ&シャビブログを見てくれている
お会いしたこともない方が
必要なものや食料を送りたいとメールをくれたこと、
もっと大変な人はたくさんいるから
わたし達は大丈夫だと言って
その親切な心だけいただいたけれど
今でもやはり、思い出しては
あたたかく、せつなくなる。
これからも自分たちにできることを
考えていかなければならないし、
あたりまえではない毎日を丁寧に、
より大切に過ごしていかなければと
気を引き締める。
昨日は父の病院へ行ってきた。
病状が良くないので
父が人に会いたがらないのと、
あの病院独特の雰囲気や
見るからに体調が悪い父を見ると
こつぶはひどく不安になってしまうので
いつもはひとりで行くのだけれど
今回はこつぶも行きたいというので
夫も一緒に、みんなで行ってきた。
12時過ぎに家を出て
道中で父のため買い物をしたり、
こつぶのトイレのため休憩したり、
姉宅に寄ったりして
遅くなったので帰り道に夕飯を食べたりしたら
帰ってきたのは20時。
一日がかりだ。
それでも心がいつもより軽いのは
やはり家族と一緒に行けたからだと思う。
祖父母の名前を覚え、
「ママのさきばあば」
「パパのたかじいじ」と
それぞれの名前を呼び分けている娘。
祖父母にはよく会っているけれど
いつも父はそこにはいない。
「ママのじいじのお名前はなんていうの?」
「ママのじいじはどうしてあそべないの?」
少し前にわたしに尋ね、
事情を説明すると
「ママのじいじはイタイイタイで、
病院にいるんだよね」と
それからは言うようになった。
その理解があってなのか、
今回は自分も病院へ行くと言い、
家を出る前から
「しーちゃん、じいじに大丈夫?って言うの。言える」と
自分で確認していた。
でも、病院へ入ると、
父のいるところは起き上がることも
できない人が多いので、緊張してしまって
「しーちゃん、言えない。ママ抱っこして」
と一気に不安そうになった。
それでも、病室へ入り、
娘を見た父が笑顔になったのを見て
「しーちゃん言う。ママ言うから」と
勇気を出すように、自分で両手をぎゅっとにぎり、
「じいじ大丈夫?」と言ったのだった。
その、たった一言に込められた、
娘の気持ちを想う。
「大きくなったなぁ」
「おしゃべりがずいぶん上手になったなぁ」と
父はとてもうれしそうで、
わたしひとりで来た時には絶対見せないような
柔和な笑顔をしていた。
こつぶが手を差し出すと
父はふるえる手でこつぶの手をにぎり、
ずいぶんと年老いてしまった細い手と
ふっくらした幼い白い手が
しっかり握り合うのを見ていた。
このふたつの手を写真に残したい、と
衝動的に思ったけれど
目を逸らすことももったいなくて
記憶の中に残しておくことに決めた。
父に会った後、待合室でわたしの膝の上に座り、
ほぅーと小さな息をついて頬杖をつき、
「じいじのところにまた行きたい」と
言うこつぶ。
その小さな背中に今、
どれだけの安堵が拡がっているんだろう。
こつぶの記憶の中に
父の存在が残るかわからないけれど
こうして父に優しさを遺してくれたことを
わたしが娘に伝えよう。
結婚したばかりの
友人夫妻が誘ってくれて
シルク・ドゥ・ソレイユの
「オーヴォ」を観に行ってきた。
会場内は撮影禁止だったので
写真はオーヴォ仕様の車と、お台場の夜景。
3歳までは膝の上OKだそうで
うちの娘にも見せてあげたいから、
よかったら一緒に、
でも無理そうだったら私だけでも歓迎だからね、
と言ってくれていて。
娘が楽しめるなら
もちろん連れて行ってあげたい、
でも何せ怖がりの娘だから
大きな音がしたり、コスチュームなどにも
号泣するかもしれない…
そしたら周囲に申し訳ないし、
出たり入ったりすると
友人にも気を使わせてしまうだろうなぁ、と
迷いまくり。
それで、オーヴォの動画を見せてみたら
「暗いね…こわくない?なんで暗いの?」と
不安げな顔をしていた娘(T_T)
迷った末、
やはり今回はまだ早そうだなぁと
ひとりで行くことにしました。
そうしたら、席が最前列でびっくり。
舞台と最前列は1メートルほどしか
距離がないので
ものすごい迫力だった。
表情まではっきり見えて、
目が合うとにっこりしてくれたりもして
メイクに見とれてしまった。
(昆虫メイクだけど)
どの演目にも
肉体には限界がない気持ちにさせられて
感嘆した。
本当に楽しい時間だった!
会場には、小学生くらいの
子どもの姿もちらほら。
娘がもう少し大きくなったら
こういうものも一緒に観たいなぁと
先の楽しみが増えました。
今日は夕方にお台場で友達と待ち合わせ。
その前にひとつ買い物があって、
有楽町〜銀座へ。
久しぶりに有楽町の裏通りを歩いたら
ずいぶん昔に行ったアンティークな喫茶店が
まだ営業していて驚いた。
そういえば若い頃はよくデートで
このあたりを歩いたんだなぁ、と
急になつかしい。
人と長い時間一緒にいるのが
あまり得意ではないから
男の子とデートをすると
高校生の頃にはすでに、
「時計ばかり見てる」とたしなめられていたなぁ…と、
すっかり気分はタイムスリップだ。
大人になってからは、
帰り際、タクシーを止めてから
乗り込むのが早すぎる!と嘆かれた。
まるで逃げるように見えたんだろうか。
送ってもらうのは好きじゃなかった。
自分が相手のことをどう思っているのか、
ひとりの帰り道は、それが明確にわかるから。
ほんと、よく結婚できたよなぁ…(遠い目)
と思いながら
今日これから会う友達に
イッタラで結婚祝いを買った。
新しく出たふくろうのラインが
可愛い!と思ったけど
シンプルで味わいのあるものを好む
彼女だから
見た目は美しく、かつ使いやすいものにした。
あれこれ迷って
欲張って買いすぎてしまった。。
袋も二重にしてくれたから、
大きいし、重い…。
でも今日は旦那さんとなった人も
一緒だったので、持って帰るのが
大変じゃなさそうでよかった。
喜んでくれてうれしい。
日々の食卓に使ってもらえるといいな。
娘の保育園での上級生の卒園祝い&
お弁当持参のイベントが終わり、
昨夜はたっぷり眠ったので快調だー。
そして金曜日!
今週は早かったなあ。
近ごろ、こつぶの遊びの幅もぐんと広がり、
遊ぶ時間も増え、
よって、あれもこれもと出しては
瞬時にカオスと化すリビング・・・
特に絵本と紙が大好きで
自分で選んだ絵本を何度も読んでとせがみ、
紙にあれこれと書いたり、
最近はじめた「五十音カード」を
クイズ形式でやるのも大好き。
よって、すぐに周囲は紙だらけに・・・
絵本と紙好きは、似ているんだなぁ。
「片づけよう」
「やだ!まだあそぶの」
「じゃあ、これを片づけてから
新しいのであそぼう」
「これもまだあそぶの!」
繰り返すやりとり。
いつも最終的に
「片づけないなら、もう遊べなくなるよ」
と言うと半べそ、
もしくは号泣して一緒に片づける。
そんな中。
散らかしたおもちゃたちの中に
決して片づけられないものがひとつ。
・・・なんか見える。
こっちを見てる者がいる。
我が家の茶白さん。
わたし達の片づけのやりとりが好きなのか、
こつぶのおもちゃを死守したいのか、
なんのためなのか定かじゃないけど
やりとりをしていると、
ススッとやってきて
おもちゃの陰に隠れる。
いや、本人は隠れてるつもり。
それで、
「ハンちゃんも片づけちゃうよ!」
ともにょもにょすると、
ものすごーーく喜びます。
あ、もしやそれが目的か?(´▽`)
ブックカバーを久しぶりに替えて
友達からプレゼントでもらったものに
してみた。(写真左側)
ふだん、自分で選ぶようなものとは
違う雰囲気に、どこか心が浮き立つ。
めずらしく、読んでいる本の
(もう読み終わったけども)
写真を載せてみました。
本が大好きだけれど
「最近のおススメある?」
と聞かれたりすると、うなってしまう。
その時代のトップセラーは読まないし、
好きな本の趣味・範囲が偏っているうえ、
何より、本というのは
読んだその時々の状況や心境で感想が変わるから
その人を知らずしては、薦められない。
自分でも、たくさん本を読みながら
なぜレビューやリストを公開しないのか?と
考えてみたのだけれど、
本を読むということは
わたしにとって最も個人的な行為で
自分の心身の救済に近く、
誰かに理解してほしいとか、
わかりあいたいと思うようなことではない。
という答えがすぐに出て、なんだか合点がいった。
本好きの親しい友達と
本について話をするのは大好きだけれど。
まぁ早い話、融通が効かない性格だと思う。
ということで、相変わらず前置きが長いけど
読んだ本を気まぐれに載せてみました。
アゴタ・クリストフは稀な作家です。
作風や文体に驚かされるだけでなく、
生きてきた背景の過酷さが
書かずにはいられなかったのだと思わされる、
魂を感じる作家。
「悪童日記」は非常にセンセーショナルで
初めて読んだ時は若かったので
胸が高鳴っているのか、苦しいのか、
読後は言い得ない感情を抱いたけれど
長い時間が過ぎてあらためて読んでも、
その才能に感嘆してしまう。
処女作でこんなに驚かされたのは
アゴタ・クリストフとJ・サフラン・フォア
くらいかもしれない。
作者の才能は感動的ですが
この作品自体は、感動する類のものではありません。
むしろ、倫理的な観点からも
衝撃を受ける表現を多く含むので
もし読もうと思った方がいらしたらご注意ください。
扉のむこうから
ため息まじりでこちらをチラチラ見るハニョを
シャビが気にして、行ったり来たり。
シャ:はにょちゃん、どうしたんだよ?
ニョ:こつぶちゃんが持ってたいちごを
ちょっとかじっただけなのよー!
にげたら、扉しめられちゃったの。。
シャ:こっちこないの?
ニョ:今いくと、反省してないとおもわれるでしょ!
様子うかがってんの!
シャ:俺がねーちゃんにおねがいしてあげるよ!
(シャビこっちを振り返って)
シャ:ねーちゃん・・・
ダメです(キッパリ)
ハニョがいたずらして
自ら隣の部屋にあるハウスへ逃げ込むと
その都度、シャビが気にしてうろうろする。
そしてわたしのところに何か言いたげな顔で来た後、
「あれ?なんで俺は来たんだっけ?」って顔して
膝の上に座ります(笑)
三歩歩くと、
すぐに忘れてしまうシャビ(*´-`)
写真は、
「こつぶちゃん、それ食べないのかな?
よかったらわたしたちが食べてあげようか?」
のひとコマ。
先月17日で、こつぶ2歳半になりました。
遅くなってしまったけれど
成長記録。
最近はやたらと自分の歳を気にして
(過去を振り返るほど生きちゃいないさ)
「しーちゃん、2歳半だよね?
もうすぐ3歳になる?」と聞き、
口癖は「早く3歳になりたい」(^_^;)
「どうして?2歳半も楽しいと思うけど」
とわたしが言うと、
「3歳のほうがもっとおねえさんでしょ?
3歳はもっといっぱいできるでしょ?」
と切り返してくる。
いろいろやりたいのに
まだできないことが多いのがもどかしいのかなぁ。
前は「おねえさんになったら」が口癖だったのに
この頃は「大人になったら」とそればかり。
「おとなになったら、
しーちゃんも車うんてんできる?」
「おとなになったら、ママみたいに
コーヒーのめるかな?」
「おとなになったら、ママみたいに
おけしょうするのかな?」
etc etc なんでも「ママみたいに」と言う。
会話は、‘伝え合う’ところから
‘話し合う’‘一緒に考える’ことが
ぐっと増えた。
自省することも多くなり、
保育園から帰ってくると、出来事を教えてくれた上で
「今日は〇〇ちゃんにおもちゃどーぞって
いえなかった」とか、
「赤ちゃんにいいこいいこしてあげてるの。
しーちゃんも赤ちゃんの時、いいこいいこしてもらったから
しーちゃんも赤ちゃんにやさしくするんだ」
と、自分の行動を把握して、
自分を戒めたり、できたことをうれしく思ったりしている。
2歳児でも、ココロというものはしっかりあって
大人が思う以上に大きいんだな、と日々感じる。
わたしの母としての役割も、
ただ遊んだり聞いたりするところから
一緒に考え、励まし、同調したり、教えたりと
多岐に渡ってきたなぁと思う。
相変わらず、わたしの感情や動向には
とても敏感で、
ちょっと足をぶつけて痛がっただけでも
「ママ痛いのやだ、やだ」と
涙を流して心配する。
まるで自分も痛みを感じているかのよう。
おかげでわたしは、娘を心配させないため、
テーブルの角に小指をぶつけたって
「あうち!」とおどけなくてはならないのが
少々大変だけれど、致し方ない。。( ̄▽ ̄;)
そして毎日、
「ママとパパだ〜〜いすき」と
日に何度も言ってくれるところは変わらない。
その後で
「じいじもすき、ばあばもすき。
ハンちゃんとしゃーちゃんすき。
しまちゃんすき、アンパンマンすき。
どらえもんすき、ふなっしーすき・・・」
・・・と、延々と好きなものが続く。
どうかこれからも
世界には彼女の大好きなものたちが
あふれていますように、と願う。